町内会長の事件簿

 一年前に仰せつかった町内会長のお役、やっと今日の総会を以って終わろうとしているこの日、こんな僕でも何とか一年無事に努める事ができたので、お礼を込めて出雲大社にお参りした。

週末の出雲大社は本殿の修復も終わり、覆われていた素屋根の解体が始まったようで、時折、鉄骨が擦りあう音が静かな境内に鳴り響いていた。












偶然にも今日は大安吉日、神前式が執り行われていた。みんな神妙な面持ちだった。










このご両家以外にも、

三組のご両家が順番を待っている光景が見られた。他人さんとは言え、幸せそうなご本人とそれを祝福する人たちを見ていると、こちらもわくわくして嬉しくなる。とても良い光景だ。













この一年、町内会長として色々なことがあった。町内は、60軒ほどのあちらこちらの寄せ集めの町内会である。したがって、僕のように地元に実家がありここに分家した世帯があれば、結婚や仕事の都合で移り住んで来た世帯も多くある。

だから、みんながご近所に迷惑が掛からない程度に、自分の生活を中心にひっそりと暮らしている。そういう僕も、25年前からそんな思いでひっそりと暮らしていた。すぐ目の前のお宅のオヤジさん、時たま咳き込む声は聞くことはあるが、もう三年以上顔を見たことが無い。寝たきりとも聞いていない。


そんな環境にあって昨年の今頃、計算では60年に一度の町内会長の座が廻ってきた。何もかも分からないままお引き受けし、今日までやってはきたが、「会長さん!〜これをなんとかしてくれ〜」、「隣の家がこんなんで何とかしてくれ!〜」・・・あまりにも依頼する方も自己中でやっていられないこともあった。騒ぎを起こすやからもどうかとも思うが、我慢する方も我慢が足らない部分もある。


「なんとかしてくれ!〜」の繰り返しで、やっと一年が終わろうとしている。町内の連帯感や絆などは感じられなかった。話し合いの中の、前向きな良い意見に対しても当然いろんな感覚の人がいて、意見をまとめたり、賛同を得ることは出来なかった。そして、次年度の会長さんへ先送りとなった。みんなが自分の懐の部分のことになると本来の自分が出る。ごく当たり前のことだろう。僕は、普段から会社では好き勝手に取り仕切っているので、こんな環境のコミュニティーでは気を使い過ぎて、何も力を発揮することが出来なかった。


そんな自分に対しても、せめてもの慰めもあった。過去の会長経験者だった。そして、懇親会の席では「お疲れ様」の声をかけてくれる人も多かった。一緒に酒を飲むとイイ奴も居ることも分かった。ただひとつ、町内会長を務めて良かった事は、ここに引っ越して25年、今になってやっと60件の内の50件ほどのお宅の名前と、何となく世帯主の顔が一致した事くらいだろうか。



今朝も、夕べの会場となった集会所の掃除に出かけたら、

履物の忘れ物。この方、裸足で帰ったのだろうか。
それとも何処かで。。。謎が深まるばかりだった。一軒一軒、安否確認?どうしたら良いのだろうか?
早く今月が終わって欲しい!何も無いことを願ってお役御免になりたいものだ。







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