東北応援視察旅行【5】

 バスの心地よい揺れに睡魔が襲い、所々景色の記憶がないまま、バスは国道45号線を走っていたようです。
つかの間の休憩後、再開されたバスガイドさんのマイクから流れる優しい声で、ぼくは目が覚めました。石巻市内に入ったようです。

バスが停車し、ぼくの座席の窓の外を見ると、

石巻市立 門脇(かどのわき)小学校の校舎。ぼくは唖然とし、同時に心がずしりと重たくなっていくのが分かりました。一礼し、写真に収めさせていただきました。






ぼくの記憶にあるこの学校は、

昨年の紅白歌合戦でいちばん印象に残った、長淵剛が歌う「ひとつ」の場面。被災地に立ち熱唱する長淵。ライトで浮かび上がった校舎。今ここで呆然と見ている自分。心が痛いです。






震災当時は、

工場から漏れた油で学校は焼けてしまい、瓦礫で覆いつくされていたようです。子供達は無事だったのしょうか。







震災から一年半経過した、この海岸沿いの門脇(かどのわき)・南浜地区は、津波の被害の大きかった場所のひとつです。
そして、この石巻市は、地震に伴う大津波で壊滅的な被害を受け、死者3,471名、行方不明数は476名(8/31現在)と、宮城県でいちばん犠牲者が出たところです。




賑やかだったろう街並みは、

点々と、当時のまま残された建物はありますが、瓦礫は片付けられている状況です。地盤沈下したところでは水溜りが出来ています。言葉になりません。






中央よりの大きな建物は、石巻市立病院のはずです。当時、屋上からヘリコプターで患者さんが搬送される影像が頭に焼き付いています。








だれも住んでいない当時のままの家。(個人のお宅のため画像を加工しました)







当時はスーパーだったのでしょうか。








津波が押し寄せた時刻で、止まったままの時計。(石巻市立女子商業高校)






同乗した人たちは、一様に無言で見つめるだけでした。だれもが言葉になりません。

山と積まれた瓦礫、これが今の被災地の現状です。




信号待ちで停車の合間、唯一、ぼくが車窓から見つけた希望の色は、

真新しい「ブイ」が積まれた光景でした。三陸の海で活躍するのでしょうね。

そして重い心のまま、次の視察場所、女川(おながわ)に向かいました。

大地震で尊い命を失われた方々に 衷心よりご冥福をお祈りいたします
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