東北応援視察旅行【6】

 石巻での視察を終え、重たい心で山間を進むこと30分。次の視察先、女川町にバスは入りました。
停車したところは、道路から16〜7メートルほど上った近代的な建物の駐車場でした。

ここは、女川地域医療センター、町立女川病院です。こちらも、1階の天井付近まで津波が襲ったと知り、ぼくは唖然としました。





それもそのはず、

下から見上げると、こんなに高い所に立っているのにと驚きです。
この女川町は大津波により壊滅的な被害を受け、陸路が遮断されたようです。震災後、当分の間は「食料もない、水もない、トイレや赤ちゃんのオムツもない」、陸の孤島となったようです。






ここに立って見える光景は、

生死を分けた山沿いの家々は残っていますが、賑やかであっただろうと思われる下の町並みは痕跡だけ、何もない光景でした。
ここに至るまでの瓦礫の撤去や、行方不明者の捜索では、自衛隊の皆様はもとより、関係者のみなさまのご苦労は大変なものであっただろうと思います。



そこで、この場所からは、ぼくが今写した光景と、被災前の光景と、被災直後の画像を失礼ながら使わせていただき、お伝えできればと思います。


震災前の町並みを写した写真のようです。ぼくが立っている場所は中央の大きな建物の下です。このカットは、山の上から撮影されたようです。




町並みは。

人口1万人ほどの町で、海と山に囲まれ海の幸が豊富な活気のある町だったようですが、




その町が、あの3.11の大地震の発生による大津波が押し寄せ、

町は壊滅的な被害を受けました。







震災から二ヵ月後に写された光景は、


とても悲惨な光景に変わっています。中央の茶色のビルはマリンピア女川、商業施設や観光施設の建物で、すごく賑わっていた建物のようです。この建物の屋上に逃げた人はぎりぎりで助かったようです。しかもこの建物が踏ん張ったお陰で、後方の建物はかろうじて残ってはいましたが、



今、僕が見る光景は、


津波による横倒しになった建物だけで、全ての建物は取り壊されたようです。緑の部分は、屋上の防水シートです。





この右方面も、

この光景から、建物全てが取り壊され、





今は、何もない光景になっています。寂しい限りです。ダンプだけが忙しく走り回っていました。




ぼくが立っている場所を見上げた写真では、

この状態から、




膨大な瓦礫の撤去で、大変なご苦労があったものと推察できます。




このまま、海岸沿いに歩いていくと、

横倒しになった3隗建ての建物が、無言のうちに語りかけてきます。





1階はガレージだったようで、当時の車が入ったままの状態でした。言葉になりません。





唯一、新しく建てられた建物も見られました。

漁業の再会にはいち早く必要な、自動製氷の施設がある市場も出来たようです。





だけど、

町の復興には、まだまだ時間が必要のようです。






ぼくには何も出来ませんが、住民の皆様が震災前の暮らしに戻られるようお祈りするだけです。





あの日、あの時、ここで何が起こったか、


記憶に少しでも残さなければと思い、画像を掲載させていただきました。

この後、無常の思いでバスに乗り、最後の視察先、南三陸志津川に向かいました。



津波による浸水が、海抜20数メートルに及ぶ被害で、死者595名、行方不明者286名(8/31現在)。

大地震で尊い命を失われた方々に、衷心よりご冥福をお祈りいたします
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