東北応援視察旅行【9】

 毛越寺からバスに乗り、乗車から5分ほどで下車となりました。自転車で走るとちょうど良い距離でしょうか。

今回の東北旅行の終着地、中尊寺に到着しました。ずっとこの日を楽しみにしていました。普通ならこの表参道を登って本堂を目指すようですが、バスは特別に裏参道を登り、上の駐車場の方まで行ってから降ろしてもらいました。

ここは、金色堂、讃衡蔵にもっとも近い場所でした。こちらの専属のガイドさんに従い、まずは「讃衡蔵」を拝観しました。この蔵では「甦る平安の輝き」と題した企画展が開催中のようで、中尊寺を代表する国宝の数々を見ることが出来ました。



そして、今回もっとも楽しみにしていたところ、

これまた「国宝・金色堂」でした。正式には金色堂を外気に触れないように守る、覆い堂とも言うのかも知れません。
日曜日ともあって、中に入るのには大変な行列でした。もちろん撮影禁止です。
さすが金色堂です。お堂全体を金箔で覆い荘厳な彫金は素晴らしかったです。まさに、平安仏教美術の最高峰でしょうか。

説明によると、天治元年(1124年)の造営で、中尊寺では唯一の創建当時の建物のようです。
また、中央の須弥壇(しゅみだん)の内に藤原家、初代清衡(きよひら)、向かって左の壇に二代基衡(もとひら)、
右の壇に三代秀衡(ひでひら)公のご遺体がミイラとして納めれれていることに驚きでした。
(四代泰衡(やすひら)は首級が三代と一緒に納められているそうです)



金色堂のそばには、

こちらは、重文・経蔵(きょうぞう)。パンフによると、ここは中尊寺のお経を納めていたお堂とありました。
修復はされていますが、平安時代の古材が随所に用いられているようです。
「いろはもみじ」が真紅に色づく頃には、絶好の撮影ポイントになるようです。


意外なことに、ぼくは忘れていました。

この碑を見て、芭蕉先生のことを忘れていました。ぼくは学生の頃、この方に興味を持ったものです。





芭蕉も見た金色堂。当時は少し離れたところにあったようです。






そういえばあの頃、

芭蕉が巡ったそれぞれの場所を、地図で探しながら確認した記憶があります。




そうこうすると、

横顔が見えてきました。





この歳になって、

初めて憧れの「松尾芭蕉」にお会いできました。感動モノです。




そこで、団体行動の最中、はぐれない程度に間を空けて、

平成の「奥の細道」を探すことにしました。






芭蕉も登ったのでしょうか。






説明をお読み下さい。












どこもかも、撮影ポイント満載です。これから紅葉が進むと綺麗でしょうね。



しかし、

今日は日曜日、人影がない場所を探すのは一苦労でした。



そうこうしていたら、祭囃子が聞こえて来ました。

ご本堂の前庭で、何やら人だかりが出来ていました。





何の踊りか分かりません。男性だけの素朴な踊りです。




秋の収穫のこの時季、五穀豊穣のお礼の奉納なのかなあと思いました。あくまで、ぼくの想像ですが。



ここで、

天台宗東北大本山、中尊寺本堂の参拝となりました。パンフによると難しいことが書いてありますが、当時の建物は14世紀に消失してしまい、これはもちろん再建された立派なお堂でした。


本堂へお参りしてから表参道を降りようかとする辺りに、ぼくの仕事を思い出させるモノ。

大杉の三つ子ちゃんでした。太さといい伸び具合といい、かなりの年代ものでしょうか。




こちらは、

四つ子ちゃんに見えますが、双子ちゃん×2だと思います。
四つ子ちゃんなら、とても貴重なものです。



しばし見上げてから、

表参道「月見坂」を下りていくと、弁慶堂がある辺りに名所があります。





東物見台と呼ばれる撮影スポット、見晴展望台があります。




ぼくは、弁慶堂のチョッと高いところで望遠で見てみました。

奥州藤原氏の拠点。当時、京の都に次ぐ規模と人口だったこの平泉。栄華を偲んでみました。大きい川が「北上川」。見えるこのあたりは、衣川の戦い、高館(たかだち)辺りでしょうか?。
藤原氏を最後の頼みとして訪ね、義経は秀衡(ひでひら)にかくまわれました。心から穏やかな時間を過ごした場所でしょう。
そして、頼朝の脅迫に屈した藤原泰衡の裏切りにより、妻の静御前と共に自害した義経と、最後まで義経を守った、あの弁慶最期の地。

芭蕉の、「夏草や 兵(つわもの)どもが夢の跡」の句が、何となく聴こえてきそうでした。


そんな昔のロマンに浸りながら、足元が悪く滑りそうな月見坂を降りると、

中尊寺の門前に出ました。ここ平泉は一度は訪れたかった場所で、すごくよかったです。また、みちのく巡礼「四寺廻廊」の旅もあるようで、平泉のここ中尊寺、毛越寺、松島の瑞巌寺、山形の山寺立石寺の四寺だそうです。
今回、三寺は巡りました。機会があれば、立石寺にお参りしたいものです。当然、松尾芭蕉が巡拝した寺々です。


そんな次の目標を抱きながら、

これで、今回の東北応援視察旅行はすべて終わり、一路東北新幹線、JR一関駅にバスは向かいました。
車窓から見える田園風景を見ながら、ぼくは尊敬する「鎌田 實」先生が震災以降おっしゃっている言葉。
「99%は自分のため、家族のため、身の回りのために生きていくのはいいけれど、1%は東北の被災された方、
原発の事故で苦しんでいる方のことを忘れないで・・・」を思い出しました。ぼく達はこの旅で何が出来たのだろうか。

「東北応援視察旅行記」は、全9回となりましたが、偶然にも普段以上の沢山のアクセスをいただきありがとうございました。
特に、被災地の視察報告においては、不適切な表現や画像もあったと思います。不快に思われたみなさまにお詫びいたします。
明日からは、平常どおり何も意味が無い、いつもの社長ダイアリーに戻らせていただきます。

改めて、大震災で尊い命を失われた方々に心よりお悔やみ申し上げ、一日も早い被災地の復興をお祈りいたします
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