過去









記憶にないほど、短く感じられた今年の夏。

ラジオから、過ぎゆくこの夏を惜しむリスナーからの声。どうやら自分だけではないようです。



そんな8月も今日で終わり。

そこで、今日の画像はこの夏一番の「夏だなあ」と感じた画像です。



それは、ぼくがわんぱく坊主の頃の思い出の場所でした。





ここは斐伊川の河川敷き。

夏休みには、網を片手にワクワクしながら友だちと土手を下りたものです。











ここは沈下橋。記憶が曖昧だが、あの頃は木橋ではなかったと思う。












小さな頃には、さながらアマゾンのマングローブの森。













友だちはあっちへ、ぼくはこっちへと魚や川エビを追ってどんどん進んで行った。











支流の流れは変わったのかもしれないが、ぼくの記憶はあの時のまま。




あのころの思い出が込み上げてきた。歳をとった証拠かな。

一緒に遊んだ友だちの一人も、中学校に上がったら間もなく他界。

その子が、ここからいちばん近いお家だった。今日はその子が誘ってくれたのかな。








この日は、あのときと同じ強烈な夏の陽射しだった。



明日から9月に入ります。この秋も十分に楽しみましょう。





     過去

 心が沈んだり辛くなったとき、人はよく「あの頃は良かった」とか、

「もう一度あの時代に戻りたい」などと考える。しかし、そのときどきで、

やはりそれなりの悩みや不安はあったはずで、時の経過がそれを忘れさせ、

過去の良い思い出だけが記憶にとどまっているのであろう。

中略

 だが、どんなに悔やみ、嘆いても過去は変えられないし、どんなに望んでも、

そこには戻れない。いたずらに過去にとらわれ、今を無為にしてしまっては

もったいないといえよう。


 確かなのは、誰にとっても時間は有限であるということ。

それならば、お互い未来に目を向けて、自らのありたい姿を描き、

それに向かって今この時を大切に過ごしたい。


                          月刊「PHP9月号」より













































 
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