温もり

 

 
 みなさま おはようございます。 今日も元気に営業しています。

今でも一昨日の雪が田畑に残り、寒い朝を迎えているここ出雲地方。8時現在の気温1,2℃、天気もこれから回復してきそうな感じがします。今朝も、ありがたいことに大量の木材の入荷。ぼくが出社した頃にはすでに降ろし終え、トラックは帰るところでした。

それにしても、掃き掃除をする手先が冷たく、かじかんでしまいます。事務所に戻ると真っ先にすることといえば、湯沸し室の温水で手を洗い、石油ストーブで指先を暖めてしまいます。
一月も、もうすぐ終ると言っても、まだまだ温もりが恋しい日が続くようです。


温もりといえば、先日、「温もり」と題した記事が、月刊「PHP誌 2月号」に載っていました。
深く印象に残りましたので、今朝はこれをご紹介します。すでにお読みの方にはご勘弁下さい。



                      


                              温もり

 北風が窓を鳴らす。布団の中で耳を澄ませば、風の向こうに電車の走る音がかすかに聞こえてくる。
 そんなとき、長いあいだ思い出すことのなかった遠い過去のさまざまな光景や、なつかしい人の顔がふと浮かんで、無性に寂しく、人恋しくなってくる。‘あの人は今、どこで何をしているのだろう‘。

 思えば今日まで、数え切れないほど多くの人と巡りあった。旅先で、ただ一度まみえただけの人もあれば、ある時期、親しくまじわった人もいる。共に過ごした時間はわずかだけれど、印象深く、忘れがたい人もいる。人はそれぞれに、そうした人たちとの大切な風景を、心の底にしまい込んで生きているのではないか。

 時に思い出に浸るのもよい。これまでにまじわった人たちの温もりがよみがえってきて、自分は独りではないことに気づかせてくれる。そして凍てついた心に灯をともし、明日を生きる力を与えてくれるだろう。

 願わくば自分も、誰かにどこかで思い出され、その人の心を温かさで包む、そんな人でありたい。

ぼくには、だれもが過去の大切な思い出や、それぞれの事情を抱えながら、平然と生きている姿が浮かんできました。















想像しながら

 

 この冬一番の積雪となったここ出雲地方。

雪国の方々には何てことない積雪なのかもしれませんが、今朝のように10センチでも積もれば道路は渋滞、遅刻する社員もいます。





昨日の休日は、どっちを取るか悩んだ末、

温室でのチューリップの撮影は諦め、寒さを選びコウノトリの撮影に挑戦しました。しかし、田んぼは一面真っ白に覆われ、コウノトリどころか野鳥たちの姿は見えません。しかし、今日は撮影機材はフル装備、空振りでは帰れません。






それでも、執念深く探していたら、

何とか白鳥の集団を見つけることが出来ました。







ところが、

ここでもコウノトリの姿はありませんでした。池田君の目撃情報はすでに遅かったのでしょうか。




結局、この日は白鳥の観察となりました。

カップルの求愛でしょうか。お互いに何かささやいているいる様子。偶然に向き合っているだけでしょうか。





謎は解けました。

やっぱりこのカップル、出来ているようです。しょぼんと座っている白鳥は、彼女を取られたのか彼氏を取られたのか分かりませんが、ちょっと寂しげで可愛かったです。


そんなこの日は、レンズ越しに人間社会と白鳥社会を重ね合わせ、何かと連想しながらの撮影となりました。
本当に、コウノトリはここにいるのでしょうか。池田君の最新情報を待ちたいと思います。









明日はどっち

 
 
 寒波の到来で、昨日から急に寒くなったここ出雲地方。今日は、会社は休日だったが普通に出社。
普段、中々やれない仕事を片付けた。ひとり静かでいいが、それにしても寒い。それもそのはず、外はお昼の最高気温が2.4℃、只今(15時)0.0℃。窓の外は雪が舞って来た。
我慢も限界、休憩室にあった石油ストーブを持ち込んで部屋を暖めた。普段使っているエアコンよりずっと暖かくなるのが分かった。やかんの蒸気もいいし、何よりも匂いが懐かしかった。



この分だと、

明日の日曜日は、こんな雪景色になるだろうか。そういえば昨日、配送部の「池ちゃん」が、社長!コウノトリ写されました?って聞いてきた。ぼくのいつものフィールドにコウノトリが飛来しているらしい。

明日は、望遠レンズを持って行ってみても良いが、

先日のローカルニュース、「いずも花の郷」ではチューリップが咲いているのが放送された。
寒さを選べば「コウノトリ」。暖を取れば温室の中で咲く「チューリップ」。明日はどっちにしようかと悩む。












絶対無理!

 
 
 これまでに、何にしても最初から諦めてはいけないと習ってきた。とにかくやって見て、失敗も経験の積み重ね、次への肥やしになる。と聴いたセミナーもあった。

ところが、実際は最初から向かう気になれず、諦めることもある。そんな中、ぼくにはどんなことがあっても向かう気になれない事を、いとも平然とやっている光景があった。

会社の隣の田んぼでは、ガーガーキンコ〜ンカンコ〜ンと金属音が聞こえてくる。その音の正体は、役目を終えた高圧電線の鉄塔の組立てならぬ解体工事。数日前から始まった。





寒風吹きすさむ中、解体作業をする作業員。命綱はしているものの、細い鉄骨のアングルは足がかろうじて乗る程度。





「うわぁ〜、良くやるなぁ〜」としか言葉が出ない。高さ3メートルに立つのが限界のぼくには、どう見ても神業としか言いようがない。
ぼくには絶対無理!。いくら有り余るご褒美を貰っても無理。自分が落ちてしまうイメージしかない。



先端には、

平然と作業を進める神様がいた。どんな研修を受けてもどう鍛えても、ぼくには絶対無理。
凄い!と憧れるが、絶対に経験出来ない仕事だ。









人の目があるから

 


 みなさま おはようございます。

今朝の出雲地方は、朝7時現在の気温1,2℃、陽射しが出ています。今日も元気で営業しています。
朝早くの入荷で、積荷を降ろしてくれたT君の話によると、午後から荒れ模様の天気。
一週間ほど冬型になるようなことを言っていました。空模様研究家のぼくより、お天気は熱心に調べているようです。




「へえ〜この天気がね〜」って、ディスカッションしました。お隣のマンションもすっかり完成し、もうすぐオーナーさんに引渡しのようです。またひとつ、ぼくのスポットの景色が変わりました。




ところで、今朝のテレビでZIPを見てたら、都会の喫茶店の話題をやっていました。ずらっと満席になったテーブルで、学生さんやサラリーマンが一様にノートパソコンを開き、仕事や勉強をしている光景。
昔の喫茶店しか知らないぼくには、異様な光景に見えました。以前は、コーヒーを飲みながら音楽を聴いたり新聞や雑誌、マンガ本。それが、今は仕事や勉強をする場になっているようです。

その利用者が、インタビューに答えていた言葉が印象に残りました。
何故ここで勉強するのですか?
              「人の目が気になるから頑張れる」。ぼくは、なるほどなと思いました。


ぼくが連想したのは、大リーガー。
たくさんの観客が見ているから「がんばれる」。
見ている人が少なかったら、そこまで無理したプレーはしないだろうなあ・・・と、ダブってしまいました。


人目はどうあれ、陰日向なく頑張れる人。人に見られ、人の目があるから頑張れる人。何がどうあれ、がんばらない人。
いろんな場面で、ぼくもモチベーションを使い分けしているようです。









再会

 



 この頃、ぼくのフィールドでは久し振りの再会で心を躍らせることがある。
まずは、動物編。

決まって、このスポットを独り占めしていた「アオサギ」。ぼくは勝手に「ボス」と名付けていた。ここから姿を消してからおよそ半年振りの再会だった。また、ここに帰って来たようだ。泣き声といえば、いつもやたらと大きく下品な声。




そして、一年ぶりは

デカねずみの「ヌートリア」、こいつには驚かされる。用心深く、なかなかお目に掛かることはない。このあと、すぐさま水中に潜った。





極めつけは、「ばんじまして(*)のお婆さん」。

このお婆さん元気だったんだ!。
5年くらい前だっただろうか、ぼくとすれ違い様、「ばんじまして」って挨拶してこられたお婆さん。
そして、数十年ぶりに、ぼくもお返しに使ってしまった超!出雲弁「ばんじましたぁ」。確か、朝礼で社員の前でこのエピソードを話しをした記憶がある。

(*) 「ばんじまして」 (出雲弁で夕方の挨拶) 意味は、「夕方になりましたね」だろうか。
自分的には、「ばんじましてぇ」の発音で、使う時間帯は薄暮から暮れ行く時だろうか。


それにしても、動物より「ばんじましてぇ」のお婆さんの方がすごく感動的な再会だった。
お元気で何よりでした。













心に刻んで

 

 早朝からの強い雨音で目覚めた朝は、ベランダに出るとこの時季不思議なくらい気温が高かった。

この分だと、今日は終日雨が降りそうな予感。冷たい雨ではないのがまだ救いかもしれない。





そんなことを思いながら、部屋の隅に掛けている いつもの日めくりカレンダーをめくった。

松下幸之助「日々のことば・心」。出社後、真っ先にめくるいつもの習慣。
その日の「ことば」と、その解説を読み終え、神棚に手を合わせ ぼくの一日が始まる。もう三十年来の日課だ。


            22日
            長年の信用も
                     崩れるのは一瞬

信用は一朝一夕で得られるものではない。長年にわたって積み重ねた誠実な言行の賜物である。
しかしその信用も、一度のウソが致命傷となり、雲散霧消してしまう。
情報はいま、一瞬にして世界のすみずみにまで届くことを強く心に刻んでおこう。


 会社も今年で65歳。今朝は、今年初めてのとても新鮮で しかも印象に残る言葉だった。
先人たちからずっと大切に守ってきてもらった「信用第一」の社訓と、そのための実践の積み重ね。
それがいつの間にか、ぼくの代で口先だけになってはいないだろうか。

 毎月22日をめくれば、今年はこの「ことば」が出てきてくれる。
この日は、「ウソをついてはいないか、不誠実な言行をしてはいないか」を、しっかりと自分に問う日にしたい。















白鳥の湖

 
 
 一年の内でいちばん寒くなる頃、と言われている大寒。
そんな大寒の日、今年は珍しく風も無く穏やかな一日でした。

これといった撮影目的は無かったものの、体力の回復も兼ね、カメラを担いでウォーキングに出かけました。

色の無い世界が続くこの頃。ぼくのフィールドでは、写真愛好家が超望遠レンズ持参で県内外から集まってきます。
そんな環境の中、みんなが狙いをつけている間をすり抜け、ぼくの大好きな「この道」シリーズ。
この先には何があるのだろう。






この先にはどんな光景があるのだろう。このわくわくする瞬間がたまりません。







みんなが狙っていたのはこの方々でした。この場所は、国内でも有数の野鳥たちの越冬地。
遠くは、関東方面からも車で来県するカメラマンも多く見かけます。ぼくはといえば、野鳥の撮影は苦手です。
この日も、一番手前の見張り役に気づかれてしまいました。こっちを向いて警戒している様子。




なぜ、苦手かというと、

ごそごそカメラを準備し、スイッチを入れ設定を確認。




そして構えると

心の準備も出来ていない内に、もう飛び立ってしまいます。素人のぼくには、どんな行動をとるのか予測不能なのです。




しかし、

この日はすごい数です。遠めには、無数の発砲スチロールが浮かんでいるようにも見えますが、





まさに

間違いなく白鳥の湖でした。なんとも気持ち良さそうにゆっくりと泳いでいます。






それにしても、

いつみても、飛び立つ時はスーッと、とてもカッコ良いのですが、






着陸体制に入る頃には、脚(股)が広がってきて何ともいえない愛くるしい姿に変わります。





大寒のこの日は、

水陸両用で、たくさんの白鳥たちを撮影しました。でも、「白鳥の田んぼ」より「白鳥の湖」がやっぱり良いようです。
 
 









どうやら本物

 
 
 昨年の暮れ、ぼくの部屋に仲間入りした開運グッズ。
琉球風水士「和来 龍」先生監修の今年の干支の置物です。

壁の棚の左隅に何気に置いています。先生のおっしゃるとおり、今年の吉方位の南南東に置き、しかも頭も向かせ、
何か良いことが起きることをひたすら願い、信じていました。








そこで今年最初の運試し、とにかく信じて実践あるのみ。









お正月に買った宝くじを、この置物に入れておきました。
これも、先生のご指導をそのままやってみました。








ぼくの性格では、もう隠したり黙ってはいられません。
告白します。先日、14日(友引)の日に、とっておいてた新聞で確認しました。

よもや、ぼくがもっとも恐れていた事態が・・・信じがたい数字が並び・・・

金額だけはどうかご勘弁下さい。ぼくにしては大金です。
それでも、気になる読者のみなさまは、これからのぼくの生活態度、身なり、
不可解な言動、仕事に対する情熱などでご判断下さい。

普段どおりだったら、よほどの役者か、それなりの金額だったかのどちらかでしょう。



それにしても年末、当社「ギャラリーkimura」で購入した和来先生の開運グッズ。
どうやら、これって本物のようです。
気になる方は、「コチラ」でご覧になってください。
                       
 http://kimuracorp.jugem.jp/?day=20121207












ブルーな日

 
 
 
 昨日からの寒波で、一面冬の光景になった出雲地方。

大寒も近いとあって、このくらいの雪はまだまだ少ない方でしょうね。
これから節分までは、いつ降雪があってもおかしくない時季に入りました。





そうは言っても、朝晩の路面の凍結は困ったものです。今朝もバリバリと音を立てながら駐車場に入りました。





こんな日が毎日続くと思うと、心もブルーにならないようにしないといけませんね。このまえも、鉛色の空の下、余りにも被写体が見つからずこんなのを写してみました。






普段、なんでもないこの光景も、その日の気分次第で表現方法が変わってしまいます。

この日は、ぼくの心を写していたのかもしれません。
だれだってブルーな日もあって当然でしょうね。