時の流れに身をまかせ

 10月もあっという間に後半に入ろうとする今週は、1泊2日の広島研修でスタートしました。

朝、宿泊先のホテルの窓から外を眺めていたら、小雨の中をカラフルな傘を差した修学旅行と思われる生徒達が歩いていました。引率の先生を先頭に、横断歩道を渡る傘、信号を待っている傘、その列は延々と続いていました。この川を渡れば、平和公園がもうすぐそこです。

そい言えば、ぼくも平和公園、原爆ドーム、宮島と修学旅行で来たものだなあと、この光景を見て懐かしく思い出しました。その当時、中国山地を越えて大都会に出てきた田舎のガキは、ビルの街並みに圧倒されたものです。


そんな中、会社から見える今朝のお隣の様子、

日本を代表する家電量販店、オープンもこの週末に迫り、準備も大詰めを迎えたようです。



ほんの半年前までは、

緑豊な日本庭園でした。ぼくは、毎日この欅の木を見るのが楽しみでした。そのお返しに、冬になると落葉がぼくの会社までやって来て、毎日落葉拾いをさせていただきました。これからは、このお店のテーマソングを歌いながら、毎朝の掃除をすることになりそうです。




この時季のお楽しみだった、

落葉樹の紅葉も見られなくなります。




実りの秋の、

果実のお裾分けも無くなります。それにしても一年も経てば、まったく展開が変わるものですね。

しかし、そんなことより近隣の家電屋さんは大変なことになります。ぼくの会社の事業領域でも、リフォームをはじめ、オール電化・太陽光発電・住宅設備機器・はたまたスマートハウスの家など影響が予想されます。

これからは、日本を代表するお隣の会社の戦略を学び、零細企業ならではの差別化戦略で生き抜いていこうと思います。



偉大な学者を動かした言葉

 時には踏みならされた道を離れ、
                    森の中に入ってみなさい。
そこでは、きっとあなたがこれまで見たことがない何か新しいものを見出すに違いありません。
                                       (アレキサンダー・グラハム・ベル)


 アメリカ、ニュージャージー州、ベル研究所の玄関に置かれた、十九世紀最大の発明である電話を生んだベル博士の胸像。その大きな胸像の下に、この言葉が刻まれていた。このプレートを見た当時35歳の江崎玲於奈(えざきれおな)は、この言葉に大きく感動した。そして、日本の踏みならされた道を離れ、アメリカの森に入ろうと、ニューヨーク市郊外の森の中にある研究所で研究活動を始めたそうだ。

この言葉に出会えなかったら、ノーベル物理学賞にたどりつけなかったのだろうか。
偉人の言葉で感動したら、実際に行動を起こさないと成功への道は無いように思えた。


そう思うと森は魅惑的に見えてくる。




どんどん吸い込まれていきそうになる。




ぼくは、この一本の「木」に心を動かされてしまった。
逆行の中、何とも言えないほど魅惑的だった。
もうすでに、綺麗に色づいていると思う。   (島根県民の森にて撮影)

穏やかな昼下がり

 日曜日の昼下がり、ぼくのフィールドではとても穏やかな時間が流れていました。

絶好の行楽日和です。パノラマで見渡すと長閑な光景が広がり、とても静かで心が落ち着きます。




この方も気持ち良さそうに、日曜日の昼下がりを楽しんでいました。この方にとっては、毎日が日曜日なのかも知れません。




ゴメンなさい、驚かせてしまったようです。そんなに嫌わなくても良いと思うのですが。




一方、

湖に目をやると、とても静かな湖面でした。べた凪です。




じっと見ている、

この方の視線、どこを見ているのでしょうか。





どうやら、

釣り人を見ているようでした。釣り上げた魚でもおねだりするのでしょうか。





それにしても、気持ち良さそうに釣り糸を垂れています。釣り上げられたところは見ていません。





もう、何もかもが穏やかな時間が流れ、のんびりとした光景でした。
日曜日の昼下がり、ぼくのフィールドは平和でした。

年に一度の恩返し

10月20日(土) 晴天
 
 週末の今日は、営業のみんなが製材工場に集まり、年に一度の恩返しの日。
クリーン大作戦となりました。二班に分かれて工場周辺の草取りと、工場内の製品の整理整頓、大掃除をしました。

朝から雲ひとついない好天で、気持ちの良い一日でした、みんな埃まみれで頑張ってくれました。ぼくもマスクを着用、一日中ほうきを持って掃除をしました。日頃、工場のみなさんに無理ばっかり言っているので、今日は営業全員が感謝の心を込めてクリーンデーに協力してくれました。

日も傾いた頃、今日一日掃除をした場所を見渡すと、とても綺麗になったので嬉しくなりました。
秋の夕暮れです。

落日がとても綺麗でした。見る見るうちに夕陽が沈んで行きます。



そこへ、

羽田発、JAL1669便がやってきました。もうこの段階では高度もかなり下げ、すこしずつ旋回しながら出雲縁結び空港に着陸態勢に入ります。機内からの落日は格別だと思います。今日は土曜日、観光客で満席でしょうね。

体は疲れましたが、とても気持ちの良い一日でした。

豆助の秋

 秋といえば「食欲の秋」、はたまた「読書の秋」でしょうか。

ぼくは読書をすると、いつの間にか「豆助」のように眠ってしまいます。「おーい豆助!こんなところで転寝(うたたね)をすると風邪をひきますよ〜」って聞こえてきそうです。

和風総本家のメルマガから送られてきた、「豆助」の10月の壁紙です。いつみても可愛くて癒されます。日本の秋っていいなぁ〜

もみじマークに阻まれて

 みなさまおはようございます。

10月19日(金) 朝8時現在の出雲地方は晴れ、気温は14.6℃です。昨日より少し気温は上がりましたが吹く風はヒンヤリしています。確実に晩秋に向かっているようです。



昨日は、朝から何やら良い予感がしていましたが、

農道を走っていたら、前の高齢者運転標識の車が時速25kmの超!安全運転。
それも、間が悪いことに対向車がちょうどよい間隔で、次から次とやってきて追い越し出来ませんでした。
しかも、何も関係ないところでブレーキを踏まれます。揚句の果てに、ぼくだけ信号待ちです。

信号が青になり走っていくと、これまたこの方に行く手を阻まれました。イライラもピークに達しました。
やがてぼくは目的地に着き、この方とお別れしました。


しかし、今日はこれで終わりではありませんでした。

この方は、とんでもなくひどかったです。用事を済ませ、当分走ったら前にいらっしゃいました。
国道に出る信号機の手前、ラッキーなことにこちら側は青でした。
このまま国道に出れば何とも無いところ、国道側の横断歩道が点滅してきました。
この方は何を思ったのかブレーキランプ。そして信号は青だというのに停止してしまいました。おいおい!
まもなく、黄色から赤に信号が変わろうとした頃、何と!発信!国道をゆっくり横断して行きました。

当然、ぼくは先頭車両で信号待ちとなりました。この信号は、次に変わるのがとにかく長いのです。
もうこの段階ではあきれてしまい、イライラしませんでした。
ぼくもやがて、加齢に伴って生ずる身体の機能低下で、運転感覚も鈍ってしまうことも想像できました。


そんな、心の広い気持ちで行こう!と思った今日は、

とても綺麗な夕暮れを見ることが出来ました。終わり良ければイライラは低減できるようです。
それにしても、もみじマークには注意しましょうね。

下から目線

 今朝8時現在の出雲地方は、

昨日からの雨も止み、重たい雲が残るものの上空に青空が見えます。気温も8時現在13.4℃と肌寒く、薄手のジャンバーを羽織っていつもの掃除をしました。それでも、一時間ほどの作業が終わる頃には体もポカポカしてきます。


そんな中、いつものケータイでのスナップ撮影で気分転換です。

少ない青空を見つけては、下から見上げるようにコスモスを写しました。やはりコスモスの背景は青空に限ります。



しゃがみこんでは、変な格好で写していると、

足元では、こんなのがぼくを見上げていました。ドキッとしました。マツタケなら最高ですが変なキノコです。
なんだコイツ・・・





ぼくには、これしか浮かびませんでした。目と鼻と口、顔半分は口だらけのようにも見えます。


朝から変な奴を見たものです。こんな日は、きっと夕暮れもドラマチックで終わるのかもしれません。

こんな感じが拝めるのか・・・




はたまた、

こんな感じの夕暮れか、何か楽しみになってきました。

今日は、西から天気も回復してきそうな予報の一日になりそうです。

おもいっきり女子カメラ

 
 今日は、久し振りに終日雨が降りました。このところ、すばらしい秋の空だったので今日はお日様もひと休み、グレー一色の世界でした。

こんな日は、ネイチャーフォトのぼくには、さすがに出番はないだろうと思っている読者の皆さんも多いでしょうね。そうです、何もこんな日はわざわざ外に出て撮影しても題材が乏しいのも事実です。

しかし残念ながら、こんな日はインドアで楽しめることもあります。これしかないでしょう。

グレーの世界を吹き飛ばすような題材もありますよ。色鮮やかなダリアの切花でした。それにしても、普通に写しても単調になってしまいます。




マクロ域で写しても、ごく普通の花の接写くらいでしょうか。


そこで今回は、

写真系ブログランキングで人気がある、「ゆる〜いカメラ女子風」の撮影に挑戦してみました。彼女らは、身の回りのかわいい題材を見つけては、ゆるい系の撮影技法の画像を掲載し、コメントも可愛いです。



ちょっとやってみましょう。

うん・・・




角度を変えて、

うん・・・




花を変えて、

うん・・・





うん・・・

やっぱりぼくには、マネができません。。。おそるべしカメラ女子。。。感性がちがいます。。。
やっぱりぼくには、男の感性しか持ち合わせていないようです。

優しい色やねん

 「今が旬」、という言葉を聞くと、ぼくには食べ物しか浮かんでこないが、人にも「今が旬」があるようだ。それも、今が旬といえば「若くてピチピチしていた頃」、「何をするにも情熱に燃えていた頃」、「人生でいちばんの絶頂期」、などと思われがちだがそうでもないようだ。

そう気づかせて貰ったのは、会社でみんなに毎号回覧しているPHP情報誌11月号にあった。
すでに旬が終わったと思っているぼくには、この夕陽のように燃えるようなインパクトがあった。ぼくのような思いの方にご紹介します。

              「旬(しゅん)」

 若いころは徹夜しても平気だったのに、今では少し無理をすると、何日も疲れが残ってしまう。
 以前はすんなり記憶できたことも、今ではなかなか覚えられなくなり、覚えてもすぐ忘れてしまう。
 人は誰でも、年をとるにつれ、それまで難なくできていたことが徐々にできなくなっていく。しかし一方で、齢(よわい)を重ね、さまざまな経験を積んでいくなかで、分かるようになったり、見えるようになったりするのも増えていく。だから、今になってはじめてできることも、たくさん生まれてきているはずである。

 できる、できないと一喜一憂することはない。食べ物に旬があるように、人間の人生にも何かを行うに最適の時機があるのではないか。そうしたその時どきの自分にとって旬をとらえ、今だからこそできること、今しかできないことを逃さず、それに精一杯取り組んでいくことが大切なのであろう。
 そこから、それまでできないと思っていたことを可能にする新たな力が湧いてくるのにちがいない。

ここぞ!というタイミングは、なにも若いときだけではないようだ。生涯青春の気持ちがあれば、「今が旬」のタイミングをその歳なりにとらえ、味わい深いものに出来るように思えた。

ぼくの撮影においても、つい先日「旬」をとらえることができた。

とても優しい色だった。



旬を醸し出してくれたのは、

この雲の色のおかげ。



ものの数分で、

また違った優しい色を見せてくれた。この後は、刻々とグレーの空に変わっていく。



それは、

この雲の色のおかげ。雲が無かったらこの優しい色は見れなかったと思う。
秋も深まるこの頃は、今が旬の夕暮れが魅了してくれます。

祭囃子に誘われて

 今年も、祭囃子が聞こえる季節になった。

子供が小さい頃は、秋の祭を楽しみにしていたものだ。そんな子供も大人になり、ぼくは祭の日すらうっかり忘れていた。そんな中、祭の数日前に義母からのお誘いの電話があった。それによると義父は、祭の日はぼくと一緒に酒を飲むのを楽しみにしているとのことだった。ありがたいお誘いだった。そういう訳で、祭の当日はお邪魔することになり、お昼からご馳走になった。


しばし二人で酒を飲み交わした後、外に出てみたら、

ちょうど良いタイミング。番内や祭花もお宮に向かう時間だったようだ。毎年、若い人たちが祭を盛り上げている。



今年の番内役の彼も、

朝から家々を廻りながら、孟宗竹を振り回してはお神酒をよばれていたようだ。良く見ると、足元が既におぼつか無い状態だった。こちらも、昼間から飲んでいるので会話も弾むが、シャッターがブレてしまう。



そこで、先回りをして今年もスナップ撮影を試みた。 

お宮まで練り歩いて来た頃には、あの元気な勢いが失速してきた。




しばらくすると、
宮司さんが出迎えて、何やら儀式が始まった。このときは、再びしっかりしてきたようだ。お宮までもうすぐの距離だ。





鳥居の下に差し掛かると、当家(とうや)でしばらく過ごされた神様をお出迎え。
このとき、番内は男の子を抱え記念写真に収まっていた。しばしの休息なのか。



しばらくすると、

東と西の地区からそれぞれの祭花、各番内、獅子舞のみなさんも集合してきた。





宮司さんを先頭に、これからがクライマックスを向かえる。






飲酒撮影にしては、偶然にも厳粛な雰囲気の写真が撮れた。
鎮守の森に向かう宮司さんの衣装が色鮮やかだった。





獅子舞も舞を終えようとしていた頃、





番内も石段を登ってきたが、かなり足元も体もふらふらしていた。




やっと登り切り、拝殿の前では、

番内と、次に登ってきた祭花が入り乱れてしまった。宮司さんも「おいおい大丈夫か?」となった。




そして、

番内を先頭に祭花は、お宮の廻りを一周することになる。




一周すると、

練り歩いた祭り花はここでお役御免、参拝客の争奪戦となる。持ち帰られた花は縁起物として家々で飾られる。
何度見ても、これがハイライトシーンのようだ。




今回、ぼくが注目していた若い衆は、

「俺もう駄目だっ!」、もう限界のようだった。衣装の脇から見える下着が、この日の彼の頑張りを物語っていた。
何とも偲ばれるスナップとなった。




今年も若い衆、地域の人や長老も一体となった良い祭を見させてもらった。義父がいつまでも元気でぼくもお酒が飲める内は、これからも一緒に酒を飲み交わしたいと思う。